まいどおおきに!最近のニュースなどで育児や介護関連の事件が起きると胸が痛む系オカン、さとえみです。
育児もそうですけど、介護って人手が必要です。
「もう一人の目」が必要と言いかえてもいいかもしれません。
とにかく一人きりで育児をするとか介護をするとかはやめた方が良い。
それが子どもである場合はもっとやめた方が良い…という話を今回したいと思います。

育児もそうですけど、介護って人手が必要です。
「もう一人の目」が必要と言いかえてもいいかもしれません。
とにかく一人きりで育児をするとか介護をするとかはやめた方が良い。
それが子どもである場合はもっとやめた方が良い…という話を今回したいと思います。

オカンは昔ヤングケアラーになりかけたことがあります。
ヤングケアラーとは子どもが継続的に家族の世話等をすることなのですが、
当時オカンは認知症の母方の祖父と二人きりになることが多く、オカンのオカンは「おじいちゃんを見張っといてね」と言ってきたので、祖父が変な行動をしないように特に玄関の方向へ行かないように注意していました。
当時のオカンはそのことになんの疑問も持ちませんでした。
幼い頃に世話をしてくれた祖父の世話をするのは当然と、オカン本人も思っていたからです。
祖父は後に施設に入るのですが、その老人ホームはとても安くて当時ですら順番待ちが発生してなかなか入ることは出来ない所だったと記憶しています。
当時のオカンのオカン…母はその施設に入所するまでのあいだ、どうしても必要であればオカンと祖父を家で留守番させるという考えだったと思います。
母が祖父を外に連れて行くということは極力しませんでした。
何故なら歳をとったといってもまだ力はあり体格も母より大きく、一瞬のすきをついて手を振り払われてどこかに走り去られると追いかけようがなかったからです。
(この辺はとても育児とよく似ているなぁと思う所です。)
母は当初「エミも祖父に懐いているし、もう大きいから任せても大丈夫」「すこしの時間だし毎日ではないから大丈夫」などと考えていたはずです。
しかし、それが段々と日常的になってくるともうそれが「当たり前」のような感覚になっていったというのは容易に想像がつきます。
祖父は長い時間家の中にいると、何かと理由をつけて外に出たい(家に帰りたい)と言い始めます。
いつもは大事になるまえに両親のどちらかが家に戻ってくるのでなんとかなっていましたが、その日は誰も戻ってきません。
祖父は「暑い!」と言ってエアコンの温度を変えようとしてかリモコンのボタンをめちゃくちゃに押し、それを止めようとしたオカンを殴って黙らせた後、玄関に向かって走っていきました。
オカンを殴っている時の祖父は今まで見たこともない怖い顔だったので、「別人のようだ」と思ったのを覚えています。
最終的に祖父は警察のお世話になるほどになりました。
きっと両親は「そうなるとは思ってなかった」と思います。
今回も「エミに任せておけば大丈夫」と思っていたハズです。
それ以降は両親も考えを改めたのか、祖父とオカンを二人っきりにさせるという事をしなくなりましたが、
逆に言うとこれくらいのことがなければ、施設に入るまでの間ずっと二人っきりにされていたんだろうなと今現在になって思います。
時間が経てば経つほど感覚は鈍くなっていくので、ずっと一日中祖父の世話をするようにまでなっていたかもしれません。
そして暴言や暴力くらいではなんとも思わなくなり、それがエスカレートしていったのだろうと。
その先にあった「本当の最悪」を今ニュースになっている事件で想像するといたたまれません。
育児も介護も…いえそれだけでなくあらゆる仕事に言えることですが、出来そうな人間一人に全てを任せるというのはやめた方が良いです。
「その人がやった方が効率がいいから」
「その人がやりたいって言ったから」
「他に人(自分)がいたって意味ないから」
などなどは一瞬正論であるかのように感じるとは思いますが、長期的には悲劇の原因になりかねません。
それが12歳以下の子どもに任せる場合は特に。
昨今のニュースを見て他人事ではないと強く思った系オカンより。
ほなまたね。
それはオカンが9才〜10才くらいの頃のことです。
オカンはよく祖父と一緒にいました。
祖父は母方で、幼少期(0才〜4才頃)にも一緒に暮らしていた時期があり、よく公園などに連れて行ってもらうなどお世話になった記憶が今でも色濃く残っています。
そしてそれから祖父が認知症を発症し、介護がいよいよ必要になってきた段階でまた祖父と暮らすことになったのですが、「今度は自分がお世話する番!」「私なら出来る」と子どもながらに思っていました。
オカンの両親も「エミはじいちゃん子だから」ととくに疑問も持たずにオカンと祖父を二人きりにさせていました。
認知症とはいえ、体はまだまだ元気な祖父で、外に出るとどこかに行こうとします。
見てくれる子どもがいるなら家で留守番をしてくれた方が、両親としてもよっぽど楽だったに違いありません。
そうやって、祖父と二人きりで留守番するのが週に一度から2度3度、15分から2時間とどんどん回数や時間が増えて当たり前になってきた頃に事件は起こりました。
外に出たくてイライラしていただろう祖父は、些細なことで拳で何発も私の頭部を殴り、ボーゼンとしている隙をついて家から脱走したのです。
あまりに幼少期に見た祖父の姿とかけ離れていたので、オカン自身信じられませんでした。
「別人になってしまった…」そう感じました。
その後出て行った祖父を追いかけましたが、当時の家の周辺には見当たらず、しばらくして帰ってきたオカンのオカン(実母)に事情を話して家族総出で探し回りましたが見つかりませんでした。
探している間、泣きながら「自分のせいだ」と思っていました。
一夜明けても見つかったり戻ってくる様子がないため警察にも届けを出し、3日後に保護してもらいました。
昔の家に行っていたらしいですが、その足取りは全く分からず、お風呂はもちろん食事もほとんどとってなかったようです。
服もボロボロで体も汚れていましたが、本人もその3日の間何をしていたかの記憶がないらしく、聞いても黙ってうつむいているだけでした。
それから数十年たって人の親になって考えると、「いろいろギリギリやったな…」と思ってしまいます。
あの3日間で祖父が死んだり大怪我を負ってもオカンの一生のトラウマになりますし。
祖父が脱走しないかあの3日間で警察が介入する前に祖父を見つけられたら、祖父との留守番が日常化してオカンはヤングケアラーになっていた可能性が高く。
介護する側もされる側も感覚が鈍化して暴力を許容していれば、オカンが大怪我やそれ以上の悲劇が待っていたかもしれません。
「最悪のこと」を考えるのは育児でも身に覚えがありますが、介護でも十分あり得ます。
せめて「目」だけでもいいので、出来るだけ複数の人間で同時に育児や介護をしてほしい。
一人ではさせないで欲しい 。
特にその一人が子どもである場合は。
そんな風に思うオカンです。
ほなまたね








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