公共の交通機関である電車の中は ─
昔は新聞や雑誌それか編み物、今はスマートフォンで忙しかった。
だからとってもうってつけなのである。
人間観察の。
私は今はベルギーで育児にいそしんでいるけれど、大学生の頃は大阪に住んでいて歩道橋の上で似顔絵を描いていた。歩道橋の上の人たちはいつも早足だったけど、電車の中は違う。10分や15分くらい同じ空間にいる彼らを私はよくスケッチしていた。
そして見つけてしまうのである「席に座ったらどうだろう〜」と思う乗客に。
だが彼らを観察するに飽きたらず、大阪人根性もそのままに
席も譲りまくったり、
優先座席に誘導したり
を繰り返していた。
(譲った後も立ったままスケッチをしていたので、揺れながら立ちながら似顔絵を描けるようになっていた)
譲りまくっていて分かったことがある。
人は意外と席を譲られるのを断ることがあるということだ。
「老人扱いしないでくれ」
「大丈夫です」
「もうすぐ降りるので」
「…(無視)…」
などなど、その人は席に座った方が良いと思われる人まで断るのでずっとずっと不思議に思っていた。
そして、断られた後の後味の悪さというやつをこれでもかと味わうのである。
席を譲るのを、もうやめてしまおうか。
そんな風に思ったこともある。似顔絵ももう時代遅れだ、やめてしまおうかと何度も思ったのと同じ頻度で、席を譲るのをやめようかと何度も思った。
そしてそれでも席を譲ろうと目に止まった妊婦さんに声をかけて、まさに断られた瞬間。何故か思ったのである、
「この人が座っても座らなくても
私は座席をたつんだ!」と。
これは後から考えても頭が沸いてるとしか思えないし、全然合理的に見えなかった。
でも相手は後10分くらいでお別れである。
相手に頭オカシイんちゃうかと思われても10分後にはお別れである。
そして奇跡が起こって、
相手は笑ってくれた。
大阪はお笑い王国だ。笑ったらそれが正解なのである。
その笑いをキッカケにその後の10分間は会話を楽しんだ。いたたまれなくなるはずの10分は奇跡の10分になった。
記憶力が無いので内容はほとんど脳の中に残っていない。
しかし、妊娠した時に「これはこういうことやったんかぁあああああああ‼︎!」と絶叫したことは覚えているのでとても身になる話だったはずだ。
このエピソードは今後の私の行動指標になっている。
初出
赤すぐみんなの体験記で掲載された記事をこのブログにて再公開しております。















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